東京高等裁判所 昭和60年(ネ)2417号 判決 1986年8月21日
控訴人
田川博
右訴訟代理人弁護士
小林正彦
被控訴人
東日本不動産株式会社
右代表者代表取締役
大倉武
右訴訟代理人弁護士
中川了滋
同復代理人弁護士
高橋義道
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 主位的請求
被控訴人が昭和五八年三月二五日なした額面普通株式二万四〇〇〇株の新株発行が不存在であることを確認する。
3 予備的請求
右新株発行を無効とする。
4 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。(株主総会に関する請求は当審において取り下げた。)
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文第一項同旨。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 主位的請求の原因(新株発行の不存在確認)
(一) 被控訴人は、昭和二七年八月二〇日に設立された株式会社であり、控訴人はその株主である。
(二) 被控訴人は控訴人に対し、請求の趣旨2掲記の新株発行(以下、「本件新株発行」という。)がなされたと主張している。よつて、控訴人は、本件新株発行が不存在であることの確認を求める。
2 予備的請求の原因(新株発行の無効)
(一) 当事者についての主張は1(一)と同じ。
(二) 被控訴人は、昭和五八年三月二日取締役会を開催し、新株発行につき次のように決議した。
(1) 記名式額面普通株式二万四〇〇〇株を発行する。
(2) 発行価額及び払込金額をいずれも一株につき五〇〇円とする。
(3) 払込期日は昭和五八年三月二五日とする。
(4) 募集方法は第三者割当の方法によるものとし、訴外小田原製紙株式会社(以下、「訴外会社」という。)に二万四〇〇〇株全部を割当てる。
(三) 訴外会社は右三月二五日の払込期日に株式払込金全額の払込を了し、翌三月二六日新株二万四〇〇〇株が発行された。
(四) しかし本件新株発行には、被控訴人会社代表取締役大倉武(以下、「大倉武」という。)らによつて故意に、かつ、目的意識的に作出された次のような大きな瑕疵がある。
(1) 昭和五八年三月二日の前記取締役会には、被控訴人会社の六名の取締役のうち三名しか出席していない。他の取締役控訴人、訴外大倉陽子及び同大倉和子の三名は欠席のまま前記決議がなされたのであるから、右決議は定足数を欠き無効である。
(2) 「株主以外ノ者」である訴外会社に対し、額面金額という「特ニ有利ナル発行価額」で新株を発行したのに、これを可とする株主総会の特別決議を経ていない。
(3) 大倉武らは、その持株数を合計すると発行済株式総数の過半数を保有していることになる三名の株主すなわち、訴外株式会社中日新聞社、原審の相原告石黒武重及び控訴人に対し、新株発行事項の通知をなさず、これに代えて従来したことのない「公告の方法」によつた。これにより控訴人らは本件新株発行に対し差止請求権を行使することができなかつた。結局前記三名の株主は昭和五九年一月二一日開催の被控訴人株主総会の席上初めてこのことを知つた次第である。
しかも右定時株主総会は本来昭和五八年五月中に開催されるべきものであるうえ、その招集通知に商法二八一条一項各号所定の計算書類を添付しない。また、右招集を決議した取締役会においても、右書類を事前送付せず、席上で控訴人が配布を要求してもこれを無視した。
(4) 右一連の重大なる瑕疵は、大倉武らが発行済株式総数の三分の二以上を占めるという外形を作り出すため、故意に、隠密裡に、かつ、目的意識をもつて違法行為を繰りかえすことによつて生じた。
(5) 大倉武は、訴外会社の代表取締役を兼ね、本件新株発行により同社に莫大な利益をもたらした。しかしその反面大倉武やこれに同調した被控訴人会社取締役らの行為は、同社に対する特別背任罪を構成することは明らかである。
(6) また右一連の違法行為は、弁護士である法律顧問が指導したと思われ、そうであるならば右指導は弁護士倫理に明らかに違反し、その責任が問われることになる(弁護士法五六条一項)。
よつて、控訴人は、本件新株発行を無効とすることを求める。
二 被控訴人の本案前の主張(新株発行無効について)
新株発行無効の訴については、新株発行の日より六か月以内に提訴することを要するところ、本件新株発行は昭和五八年三月二六日であり、本訴が原審裁判所に提起されたのは昭和五九年三月二一日である。
よつて本訴中新株発行の無効を求める部分は不適法であつて却下を免れない。
三 本案前の主張に対する控訴人の答弁
1 新株発行の日、本訴提起の日は認める。本訴が不適法であるとの主張は争う。
2 控訴期間の遵守について
(一) 控訴人が、本件訴訟を新株発行の日から六か月以内に提起できなかつたのは、右事実をまつたく知らなかつたし、知り得べくもなかつたからである。すなわち前記昭和五九年一月二一日の株主総会の前には、控訴人が官報または登記簿謄本を継続的に閲覧していない限り、本件新株発行の事実を知ることはできなかつた。しかも前述したようにこのような事態は、大倉武とその補助者である被控訴人会社の役員らが意図的に作出したものである。
(二) 右(一)に加えて前記予備的請求原因(四)で述べたような状況下でなされた本件新株発行について、商法二八〇条ノ一五第一項の「発行ノ日」とは、控訴人が本件新株発行を初めて知り得た前記株主総会の当日昭和五九年一月二一日と解すべきである。
四 請求の原因に対する認否
1 主位的請求の原因(一)、(二)の事実は認める。
2(一) 予備的請求の原因(一)ないし(三)の事実は認める。
(二) 同(四)冒頭の主張は争う。
(1) 同(1)の事実は認めるが、無効であるとの主張は争う。大倉陽子、大倉和子は大倉武の子で、その意思は右武と一致しており、従前も取締役会においては右両名は欠席しても出席の扱いとなつていた。
(2) 同(2)のうち、特別決議を経ていないこと、額面金額で発行したことは認めるが、その余は否認もしくは争う。
(3) 同(3)のうち通知をせず公告の方法によつたことは認めるが、その余は否認もしくは争う。
(4) 同(4)の事実は否認する。
(5) 同(5)のうち大倉武が訴外会社の代表取締役を兼ねていることは認める。その余は否認もしくは争う。
(6) 同(6)は否認もしくは争う。
五 抗弁(不存在確認請求の請求原因に対するもの)
1 被控訴人の取締役会は、予備的請求の請求原因(二)のとおり決議した。
2 被控訴人は、昭和五八年三月九日官報によつて右取締役会により決議された本件新株発行事項を公告した。
3 予備的請求原因(三)のとおり、株式払込金が全額払い込まれ、株式が発行された。なお、昭和五八年三月二八日その旨の変更登記もなされた。
六 抗弁に対する認否及び主張
1 抗弁1の事実は否認する。
2 同2の事実は認める。
3 同3のうち変更登記の点は認めるがその余の事実は不知。
七 再抗弁
1 本件新株発行手続には、予備的請求原因(四)において述べたように形式上、実質上の瑕疵が多数存在した。
2 新株発行に関しては、引受人の利益を保護しなければならず、したがつて無効原因も厳格に解されている。しかし本件においては、前述のとおり引受人である訴外会社は前記の瑕疵を熟知していたのであるから、その利益を保護する必要はない。そして本件新株発行についての瑕疵の総体を考慮すると、その違法性、不当性は甚しく、新株発行について変更登記だけがなされた場合と異なるところはない。したがつて本件の新株発行は単に無効であるというに止まらず不存在というべきである。
八 再抗弁に対する答弁
事実関係の主張についての認否は、前記請求原因に対する認否2(二)のとおりであり、また法的主張についてはすべて争う。新株発行の不存在とはその実体がない場合である。右実体とは、①発行権限のある者が法定の新株発行の手続をし、②現実に払込がなされ、③新株発行の変更登記がなされることを指すのである。これらの要件を満たしている本件新株発行が不存在とならないのは明らかである。
第三 証拠<省略>
理由
一まず主位的請求(新株発行の不存在確認)について判断する。
1 主位的請求原因(一)(当事者の資格等)、(二)(新株発行の主張)の各事実は当事者間に争いがない。
2 進んで抗弁について検討する。
(一) 抗弁2(官報による公告)の事実、同3のうち変更の登記がされたことは当事者間に争いがない。
(二) そして<証拠>によると、被控訴人会社は、昭和五八年三月二日、当時六名いた取締役のうちその過半数に足りない三名出席の下に開催された取締役会であつたが、記名式額面普通株式二万四〇〇〇株を発行すること、その発行価額及び払込金額をいずれも一株につき金五〇〇円とし、その払込期日を昭和五八年三月二五日とすること、その募集方法は第三者割当の方法により訴外会社に全株を割当てること、なお取扱銀行は株式会社富士銀行小舟町支店とすることをそれぞれ決議した事実が認められ、他に右認定を左右するだけの証拠はない。
(三) そして右(一)、(二)の事実に<証拠>によると、昭和五八年三月二五日までに前記取扱銀行に対し株式払込金一二〇〇万円が払込まれたことが認められる。右認定に反する証拠はない。
3 ところで控訴人は抗弁事実がすべて存在しても、なお本件新株発行は不存在である旨主張するので、以下に検討する。
新株発行の不存在とは、物理的に新株発行に該当する事実がまつたく存在しない場合は勿論のこと、物理的には存在するような外観を呈していても、その手続的、実体的瑕疵が著しいため不存在であると評価される場合も含み、その意味では新株発行が存在するかそれとも不存在であるかは、単に物理的な存否の判断に止まらず、一つの法的判断の側面を有することは所論のとおりである。
しかしながら、本件新株発行についての形式的、実質的瑕疵が控訴人の主張するとおり存在し、かつ、大倉武らが被控訴人会社に対する支配権を確立するために本件新株発行を企て、前記各瑕疵はその目的達成のために故意に作り出されたものであり、そして一方で引受人である訴外会社がそれらのことを熟知していたというような諸事実が認められるとしても、前記のとおり定足数に不足していたとはいえいちおう取締役会の新株発行についての決議があり、その旨官報による公告がされ、右決議のとおり株式払込金が全額払込まれ、かつ、発行済株式、資本の額についての変更登記もなされている本件のような場合には、法的評価としても新株発行は存在し、右払込期日の翌日に訴外会社は被控訴人会社の株主となつたものと認めるのが相当である。
してみると、主位的請求は、理由がなく、棄却を免れない。
二次に予備的請求(新株発行の無効)について判断する。
まず本案前の主張について判断する。
本件新株発行の日が昭和五八年三月二六日であること及び本訴提起の日が昭和五九年三月二一日であることは、いずれも当事者間に争いがない。
ところで商法二八〇条ノ一五第一項によると、新株発行無効の訴えは新株「発行ノ日」より六か月以内に提起すべきものとされ、右発行の日とは新株発行の効力の発生日である新株の払込期日の翌日すなわち前記のとおり昭和五八年三月二六日と解すべきである(最高裁判所昭和五三年三月二八日第三小法廷判決、判例時報八八六号八九頁)。
もつとも控訴人は本件新株発行が前記三月二六日になされた事実はまつたく知らなかつたし、知り得べくもなかつたが、それは大倉武らが新株発行の事実を故意に秘匿したからであつて、少くとも右のような場合には「発行ノ日」とは、控訴人が実際上右事実を知り得た被控訴人会社の株主総会が開催された日、昭和五九年一月二一日と解すべきであると主張する。しかし、商法は新株発行の手続に瑕疵があつて無効となる場合であつても、その関係を長期間不安定の状態に置かないため、「発行ノ日」から六か月以内に訴えの方法によつてのみ争えるとしたものであり、一部の株主の株式発行の事実についての知・不知によつて、もしくは知り得べかりし事情の存否によつて、右「発行ノ日」を特別に解したり、実質右六か月の期間を延長するような解釈は採り得ない。控訴人の主張は採用の限りでない。
そうであるならば、本件訴えは、本件新株発行の日から六か月を経過した後に提起されたものであるから、不適法として却下を免れない。
三よつて、控訴人の主位的請求は理由がなくこれを棄却すべきであり、予備的請求は不適法として却下すべきところ、これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官伊藤滋夫 裁判官鈴木経夫 裁判官山崎宏征)